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2009年9月28日 (月)

アルバムとしてどうなのか

Rentacopレンタ・コップ』(1987)
"RENT-A-COP"

■INTRADA
■SAE
■SUMIYA

 楽しみにしていた本作を聞き続けている。やはり傑作だ。この時期のジェリー・ゴールドスミス作品はシンセの割合が比較的大きく、特にシンセドラムが積極的に使われており、ファンの人でも苦手あるいは否定的な人が結構多い。しかし、音に惑わされて本質を見失ってしまうのはあまりにももったいない。曲はまぎれもなくゴールドスミスであり、その卓越したアレンジ能力は細部にわたっている。今回追加された短い曲ですらも、この作品の曲だとすぐにわかる。最近の「どの映画に使い回してもわからない」曲とは根本的に違うのだ。

 しかし、今回はこの話ではなく、ライナーノートを読んでいて前から考えていたことをちょっとまとめてみようと思いついた。

 サントラは新作の場合、作曲家本人がプロデュースすることが多い。その方向性も人によって色々あり、特徴が出る。例えば、ジョン・ウィリアムズは基本的にシーン順だが、所々順番を入れ替える。曲タイトルはそのものズバリで、たまに重大なネタバレさえも平気で入れる。本編用ではなく、コンサート用に編曲した曲に差し替える場合も多い。例えば、ブライアン・タイラーは1曲目に自信作を持ってきて、派手にぶちかまし、後は惰性でもOKという1発勝負が多い。
 では、ゴールドスミスはどうだったかというと、基本的にはシーン順にはこだわっていない。曲タイトルも簡潔で、短い単語だけの物が多い。これは聞き手に想像して欲しいという意図があったためではないか。
 この『レンタ・コップ』のサントラは映画公開時のオリジナル版が12曲37分で、今回の完全版が19曲44分(スコアのみ)となっている。まあ、オリジナル版は再使用料の問題もあって短くなったのだろう。
 で、本題。ライナーノートにこういう文章があった。
 今回収録されることになった"FLASH BOMB"というクライマックスのアクションスコアについて、レーベルのダグラス・フェイクが好きだというと、ゴールドスミスは「私も好きだけど、アルバムには入れないよ」と答えた。これはゴールドスミスが考えていた収録曲のバランスが相応しくないと判断したためだった。他のジャンルのアルバムでも収録曲の選択やその並び方というのはアルバムの評価にも関係してくる大きなポイントだ。
 つまり、ゴールドスミスはアルバムとしての完成度やまとまりを考えて、プロデュースしていたわけだ。そう考えると、今回の「シーン順にすべての曲を並べた完全版」というのはゴールドスミスの意志を反映していないということになる。
 そのことに対する謝意なのかどうか、今回のアルバムにはヴァージョン違いになった1曲も収録し、オリジナルアルバムと同じように聞くための再生順を記してある。プレーヤーでプログラム再生するとオリジナルの通りに聞くことが出来るというわけだ。

 私は厳密にいうと映画音楽ファンというよりも、映画音楽という音楽ジャンルのファンだ。クラシックやヘヴィメタルと同列に、映画音楽が並んでいる。その中でもジェリー・ゴールドスミスというアーティストが好きなのだ。ヘヴィメタルというジャンルでJUDAS PRIESTというアーティストが好きなのと同じ感覚だ。だから、作品の評価もアルバムとしてどうかというところになる。もちろん、映画に付随する音楽なのだから、映像にあわしてどうかという評価軸もあるわけだが、切り離しての評価が大きい。中にはこれをおかしいと感じる人もいるだろう。
 しかし、考えてみて欲しい。
 映像にあわせてのみの評価でよいのなら、わざわざサントラなど出す必要はない。昔は映画のスーベニールという側面もあったろうが、今やDVDやBDで本編まるまるすべてがサントラとたいして変わらない価格で手に入るのだ。すでにその役割は終わっている。映像と音楽の関係性を考えるなら、DVDを買うのが正しい。分析もその方がやりやすいだろう(ミュージックトラックが別についていれば完璧だが、さすがにそれはまだ少ない)。
 それでも作曲家は自分でプロデュースしてサントラを出す。それはアーティストとして「自分の作品を聞いて欲しい」という望みだと受け止めるべきではないだろうか。そうであれば、他のジャンルの音楽と同じくアルバムだけを聞いて評価するという考えもおかしくはないのではないか。

 そうなると、ひとつ問題が発生する。最近の流れである、過去の作品の完全版――そのほとんどがシーン順に並んでいる――というのは、アーティストの意志に反しているわけであり、邪道になってしまう。しかし、アーティストの未発表のボーナストラックがついてきたと考えると、それも否定はできない。そこまで出来が違うアルバムというのは残念ながらわずかしかないのだが……。ちょっとこの問題は悩ましいところではある。なんだかんだいいながらも、ボーナストラックつきを買ってしまうのだろうな。

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サントラ」カテゴリの記事

コメント

硬派な論考ですね。埋没、入手難なサントラが続々リリースされる好状況に従順に有難がっているだけでは、肝心な何かを忘れてしまうような気がします。でもとにかく聞きたいという気持ちもあり、何とも二律背反な気分。

投稿: カッパースミス | 2009年9月29日 (火) 12:04

チャールズ ゲルハルトのclassic film scoreシリーズは正に、その先駆者ですね。また、昔はoriginal sound trackとoriginal sound track scoreで再録音との線引きが明確でしたが、最近はメチャクチャみたい。

投稿: fos | 2009年9月29日 (火) 17:42

書き込み失礼いたします。
私も一音楽ジャンルとして映画音楽を楽しんでいます。エルトン・ジョンやビリー・ジョエルの新作を買うのと同じスタンスでゴールドスミスやモリコーネの新作を買い、今でしたらブラック・アイド・ピーズやコールドプレイのニューアルバムを買うのと同じようにジマーやデプラのサントラを買うわけです。当然サントラだけ買って映画を見ない事の方がはるかに多いです。しかしやはりこの音楽ジャンルは映画と一緒になって初めて100に成りうるジャンルなので、サントラを聞いてイマイチ(何を言いたいのか分からない)だと思っても、映画を見ると納得して音楽への評価もそれによって変わることがあります。そういった特性が面白いと思って聞いています。作曲家の意に沿わないリリースもあるようですが、マイルス・デイヴィスやジャコ・パストリアスなどの例を見ても、彼らの死後続々と未発表音源~ライヴ盤がリリースされ、中には本人が生きていたら絶対に世に出さないようなものも多々あります。でも僕はそういうのが出れば嬉々として買いますし、アーティストの意向に沿わないであろうリリースだから購入を考慮する―なんてことは全くありません。所詮ファンなんてものは自己の音楽的欲望が満たされればそれでいいのです。アーティスト本人と直接関わりがある場合は人間の良心というものが介在するのでこの限りではありませんが・・・。

投稿: ポカロ | 2009年10月12日 (月) 12:33

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